4.黒と白の狭間で・空海(くみ)

「今 ちょっといいか?」

「はい」

「プロになるのに、どれ位の時間がかかるんだ?」

「さぁ、人それぞれなんじゃないかしら」

「一万の法則やらに興味があるんだ」

「一万の法則?」

「何でも一万時間費やしたら、モノになると」

「そうなんですか」

「空海(くみ)は、一万時間、どれ位かかったんだ?」

「うーん、そんな事聞かれても。 十分 一万時間以上はいってるはずだけど」

「そうか、なら いつ位から稽古を始めて毎日どれ位練習した?」

産まれた時から、ピアノが景色として ”そこ” にあったという。

祖母・母の弾くピアノを傍でずっと聴いていた。 その ”生音” はお前の耳を優しく鍛えていったのだろう。

4歳からピアノ教室に通っていた、確かそう言っていたのではないか。

4歳、、か。 辛くなかったんだろうか。

本能に毛が生えたような遊びたい盛りに、きっちり椅子に座って小さな指をあらん限りに広げるその作業。    小さなお前が練習している姿が目に浮かぶ。

「辛くなかったか?  遊びたくなかったか?」

「ううん,ピアノが好きだったから。 ピアノが好きだったから。 小学校に入ってもそう、私女の子とは合わなかった。男子と遊ぶ方が楽しかったし、それ以上にピアノの方が楽しかった。」

ふうん、そんなものなのか。

「そこに恋愛は?  恋はしなかったのか?」

「貴方の質問は、、。 いつもいきなりなんですね。  もちろん恋はしました。お付き合いもあった。 だからと言って、練習は練習。  恋に浮かれて練習サボるような事はなかったですよ。」

そうか、意志が強いんだな。  今尚、練習、練習の日々のようだ。

そう言えば、ブルガリアに留学したとも。

食文化が合わず しんどい思いをしたと。

生臭さ残るヤギのヨーグルト、それを何でもかんでもかけ辟易した。 こっそり醤油・ソースを探していたと。

異国の地で、 ”食” が合わないのは ”行” ではないのか。

スラブ・イスラム系が多いが、芸術・文化はドイツ系を受け継いでいる。

国境は陸上にある国、色々なものが混ざり合うという事か。

彫りの深い彫刻のような君と、恋する暇なく恩師宅の缶詰め状態でレッスン。

年頃の娘が勿体ない気もするが。

「何故、この曲を選んだ?」 日本で聞かれる事のない質問を恩師にされ ”自分で考える”、という事をこの時学び、それから考えるという事を大切にしていると。

「”荒城の月”や”赤とんぼ” という素晴らしい曲が日本に多くある、今 貴女はここでどのように弾くのか」

そう聞かれた時、涙が出たと。

空海、その涙は何に対してだったんだ。

俺は外国を知らない。

故に、お前の体験は新たな知識として俺に浸みこんで来る。

お前にとっての視野の広がりは、俺のそれも目覚めさせてくれる。

それを伝える事で、他者の新しい価値の扉を開く連鎖の始まりとなるのではないか。 俺のように狭い日本の中で、狭い範囲で生きているような者達の。

きっと、新鮮な風を感じるのは俺だけでないような気がするが。

空海、お前は どう想うのだろう。

TACカウンセリングルーム

大阪・北浜の心理カウンセラー乾 より

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