不幸の方程式・③
Fの質問
「ちょっと5分良いですか?」
「はい」
「そもそも どういう流れでこんな事になったんですか? それ、どうしても聞かせてもらいたくて」
「う〜ん、どういう流れって。 済んだ事より、今後の事が大事だから。 答えは出た?」
「答えなんか出るわけない
今後 一切口きかへんかったらいい お互い存在ないものとして、そこにおらんもん(者)として仕事したらいい それだけの事や そしたら何もモメる事はない」
「何か言うたら、又訴えるとか言われたらこわーて(怖くて)しゃーない 何も喋られへんわ」
「訴えるなんて一言も言ってないですよ」
「いや、お宅言わはーったやろ 訴えるって」
「Fさんのした事、犯罪と言っただけで訴えるとは一言も言っていない そんなパートを何もせず、ほっておいた会社が責任を問われる 指導・注意勧告・何らかの責任を負わされる、と言っただけでFさん訴えるなんて言っていない そうやって人の言った事 間違って取って話大きくするクセ Fさんあるよね」
都合が悪くなったらダンマリを決め込む。
「それより7月一杯、考えておいて下さいと言ってた事、今後 どうされます?」
Fの反撃
「私 今まで黙ってたけど、お宅らにどれだけ傷つけられたと思てんねん 自分らの事ばかり一方的にまくし立てて、大概 私我慢して来てんねん」
「例えば?」
「お菓子いらん言うてんのに毎日お菓子渡しよる 私は一口でも食べたら太る体質やからって何回も言うてんのに毎日毎日 渡しよる そのせいで太ってヒザ悪してしもた」
「お昼のお菓子だけで? たった一口か二口だけで?」
「せや ほな もっと痩せ言うかもしれへんけど、私はもうこれ以上何やっても痩せへんねん 今も膝痛いままや ストレスで毛も抜けてきたわ」
「そんなに迷惑やったら、もっと強く断らはーったら良かったのに」
「せやから言うてるやろ 何回も断ったって」
「そう、私だったら要らなからって目の前でゴミ箱に捨てますね。 で、 ね? こうなるから、勿体ないしって。 そしたら本当に要らないって分かってもらえるし」
「そんな事 出来るわけないやろ そんな失礼な事」
あぁ、、、何と中途半端な
要らないと言いながら受け取る。 受け取った限り拒否にはならない。
「けど、今 誰もお菓子 渡していないしラクでしょう」
「今はな せやけど あれが原因で膝痛いままや どんだけ今しんどいか」
F、いかに自分が犠牲を払っているのか話は止まらない、喋りまくる。
「私に対しては? 私は何に対してFさん傷つけました?」
底辺の仕事
「来て2日目に何でここに来はーったん?って聞いた時に、ここは底辺の仕事やから」
えっ? 何? それ そういう言い方はしていない。
Fは会話の切り取りをする。
そして、カチンときた事、引っかかった事、いわゆる自分のコンプレックスを刺激する単語を拾い集め、自分なりに文章を作り上げてしまう。
相手を攻撃するに相応しい文章を書き上げてしまう。
そう言われたと決め込んで
「失礼過ぎるやろ そこにおる者に底辺て」
Fの恥部、コンプレックスを"底辺"という単語が引き金となり、噴火させてしまったようだ。
怒りは私に対する投影(心理学用語)である。
「それって、Fさんが思っている事では? けど、実際 底辺の条件満たしている職場には違いないよね」
「そら そーやけど」
底辺ではあるが、そこで働く人々が低級、低俗、という事とは結び付かない。
結び付けて生きてきた、そういう受け取り方をして来た。
今は何を言っても響かない、攻撃の言葉の乱射にしかならない。
私がFに"底辺"と言ったのは、逃げて来た自分から、もうこれ以上目を背けてもらっては、職場が皆の我慢を強いられるだけになるからである。
自分自身と、対決してもらわないと、彼女がいる限り犠牲者が後を絶たない。
誰かの我慢の上に成り立っている仕組み、構造を変えない限りFが辞めるまでは延々と同じ事が続く。
もう一人のパートのTさん、生活の為どんなに悔しくても後3年は我慢しようと決めていたと。
故にFを刺激させないように、怒りに触れないように ご機嫌をとる態度をとるしかなかったと。
私に対しても、どうせFと同じだろうと思っていたと。
Tさん、ストレスで今目にチック症状が出ている。
感情に対しては理性で
Fに畏怖の念を抱いてもらうには法律、理性しかない。
「犯罪者」 「法治国家」
思いもしない自分に向けられた現実。
抵抗しながらも、私に告げられて以来 恐怖を感じ味わう時間、日々が始まった。
Fは今まったく口をきかない。 目を合わさない。
しかし、私を憎々しく思っているのが手に取るように分かる。
情緒一定せず
このところ、タオルを失くす、鍵の置忘れ、トイレ清掃飛ばし、ミスが多発しているる。
「お宅らで、もう好きにしたらええやん。 絶対お宅らミスしても何も言わへんし、洗剤も好きに使ったらええやん そっちで勝手に注文したらええだけの事や」
Fの言葉通りになり、職場は自由で穏やかさを保っている。
Tさん、「もう何も怖くない、偉そうに言われる事ない 本当にありがとう」と緊張で上がっていた肩が力が抜け下がっている。
心は行動に出る
Fのミス、情緒が安定していない、という事が如実にわかる。
まだ暫くは"恐怖"を味わってもらおう。
Fがフラフラになるまでには、まだまだ時間を要する。
逃げて来た自分と対決するには恐怖(いつ会社にばらされるのか、その時は言い返してやる、と思いながらも、 犯罪 という言葉の重みを会社がどう判断するのか)を味わい続けるしかない。
コンプレックスに向き合うのは本当にしんどい事である。
何で こんなにしんどい想いせなアカンねん、もう消えてしまいたい
ココロを抉られるような痛み、焦り、イライラ、怒り
その苦しみは背負っている者にしか分からない。
だからこそ、消化出来た時の解放感は簡単に言葉にならない程のものを与えてくれる。
生きている限り
生きているからこそ、この先も味わう屈辱感・嫉妬・妬み・傲慢・決めつけ・・・
それら、自身の足を引っ張ると同時に生きる原動力にも成り得ている現実も同時にあったりする。
それぞれが、自ら作り上げた 人生の方程式の中で生きている。
こんな、偉そうな事を書いている私の方程式、自身で分かっているのか、問い質してみる夏、なのかもしれない。
「コンプレックス」という言葉を
自分に置き換えて考えてみました。私にも沢山あるなぁ~
「劣等感」みたいな感覚…
それを、手放せて行けたらいいなぁ~ 「思い込み」もアルアル…
そんなことを、考えながら読ませて頂きました。
このつづきは、どうなるのかなぁ~気になる!
コメントありがとうございます。
なかなか気づかない、自分の こだわりや決めつけ、思い込み。
結局、自分の足を引っ張っているのは自分なんですよね。
同じ現象でも受け取り方が違うと、いかに人生に差が出るか、身に沁みて感じます。
かと言って、とってつけたように 物事良いように受け取れ、なんて短絡的な事も よう言いません。
フラフラになっている自分に、ヨシヨシと頭を撫ぜてあげる事、位でしようか。
後、"お笑い" これは外してはいけません!!
と思うのは気のせいでしようか。