T社長の話・④

時はバブル全盛期。

勢いに乗りホテルとも契約、結婚式の引き出物のケーキの仕事も請け負う事となった。

そうなると、いくら作っても追いつかない。  職人さんの助手としてパートを募集する事になった。 もちろん包装部門も。

その、助手に 「乾さんも行ってあげて、あんた若いし仕事も出来るから、ぜひ職人さん助けてあげて。 包装だけやったら勿体ないわ」と、Y氏移動を勧めてきた。

別に断る理由もない、「はい」と素直に従った。

後で知った事だが、Y氏、私を嫌っていたようで、かなりイジメをしていたらしい。

ただ、私が それに気づかないで平然と接していた事が彼女の憎しみを殊更 掻き立てていたようだ。

大きなミスもしなかった為、「クビにしてやる」と言う機会もなかった。

いつも笑ってはいるが、媚びない私にイライラしていた、と。

故に この人事異動、目の前から私を追放するのに打ってつけだったようだ。

移動して気づいた、限りなく不器用だったという事を。

プチケーキ、担当になった時 逃げ出したくなった。

クリーム、クネクネと曲がってしまい真っ直ぐに引けない。

新しく入って来た工場長、それが許せない。

そのまま私の目の前でゴミ箱にバッサリ捨ててしまった。

みな、見ないふりをしている。  悲しかった、自分の不器用さが。

この工場長も、曲者で後に流血事件を起こし姿を消した。

0.1tを超す巨体で古参に刃物で切りつけたらしい。

あぁ、怖い。

悪戦苦闘しながらも、何とかケーキ作りが様になってきた頃、Y氏、「製造部門のパートが優遇され過ぎている、社長が賃金に差をつけている。  あんなラクな仕事、私らに比べたら差つけられ過ぎや」 怒りまくっていたらしい。

当然、古株の先輩達、いい気持ちはしない。

ある日、「Yさん、下(製造部門)のパートさんの事メチャクチャ言ってはーるけど、下 そんなにラクなん?」尋ねられた。  びっくりである。

「いえいえ、しんどいですよ、私らケーキ作ってますもん、すごい緊張しますよ」

「そうやんなぁ、けど アンタの事、すごい怒ってはーるよ、上 忙しいのに全然手伝いにけーへん、って。 ダラダラしているから遅くなるねん、包装にいたから、上 どれだけしんどいか分かっているはずやのに、って。」

「えっ、私 何回か お手伝いしましたよ、それに 声かけたら、いいよ、いいよ、アンタも疲れているから 帰りやって言ってくれてはーりましたし」

「あの人、気分コロコロ変わるからな、虐められても気にしなや」

「えっ、虐めてはーったんですか?」

「気が付かへんかったん?  もう、呑気な子やなぁ、これやったら大丈夫やろ」

数日後、帰ろうと2階に上がったら、Y氏、私を睨みつけ 「アンタ、ええ加減にしいや‼  前、こっちに いたんやから包装どれだけしんどいか分かっているやろ!! 手伝いもせーへんのか!!」

「私、手伝っていましたよ、声もかけていましたし」

「なんや、あんな冷やかし程度、あんなん、手伝いになってないわ!!」

「あっ、そうですか」 相手にするのも疲れる。

吠えまくっているY氏の傍を通り過ぎ、帰り支度に。

私が帰った後も、ギャーギャー喚いていたらしい。

脅し・悪口・虐めの日々に、ほとほとウンザリしたのだろう。

包装部門の古参パートさん達、一斉に辞めてしまった。

慌てた社長、工場に駆け付け 「どう言う事や」Y氏に問い詰める。

Y氏、さんざん言い訳し、自分も さっさと辞めてしまった。

で、「乾君、どういう事や? 何があったんや」となった訳である。

ベテランさん達、辞めてしまい、新人さん4〜5名ほどでケーキの包装など出来るわけがない。

職人さん達、ケーキ作りが終わった後、包装の手伝い。

もちろん私も始業と同時に、新人さん教え、配送する店の仕分け、合間にケーキ包装しまくり、「何やのん、この会社、こんなになるまで、ようほっておいたわ」と、憤慨していた。

いつしか社長と私で仕事のやり取りをするようになり、心配で仕方ない社長、本社の自分の仕事が終われば、毎晩 工場に足を運ぶようになった。

早くて21時頃、遅い時は24時前位になっていた。

「こんなもん、巻いたらええだけやろ、箱 折ったらええだけやろ」

手伝ってくれるのは有り難いが、私以上に不器用過ぎた。

下手過ぎる、不良品で戻ってくるの目に見えている。

「社長、気持ちだけでいいです。 そんな仕上がりやったら、返品されますから」

「そんな細かい事 言うなや、乾君一人に負担かけられへんやろ」

そう、私一人に負担かかっていた。

あさ、8時過ぎに仕事にかかり、深夜24時位まで、フラフラだった。

2ヶ月位は続いたんじゃないだろうか、もっとだったかもしれない。

職人さん、パートさん達、当然仕事が終われば帰って行った。

誰もいない暗い工場の中で、一人 黙々と仕事をしていた。

唯一 嬉しかったのは有線放送、聞き放題。

Jポップ、聞きまくり歌いまくっていた。

音楽がなかったら、とても残業など出来なかっただろう。

今、こうして思い出しながら記していると、当時の自分が愛おしくなる、よう、やったなぁ、、と。

そして、そして、あぁ、、、。

社長が手伝ってくれた引き出物のケーキ、全て返品で戻ってきた。

あぁ、言わんこっちゃない。

「ほら〜、社長 戻って来たじゃないですか、もういいですからー」

「これ位で何で返品なんや、やかましいのぉ」

「あのね、社長、戻って来たの、またさばいてやり直しです、この分 手間かかるんです」

「そんな事 言うなや、乾君の負担 少しでも軽くしようと思ってるんやないか」

いつしか、お酒の話になっていた。

何処か、いい店ないんか、連れて行けや

何言ってはーるんですか、乾君、ありがとうな、お礼に飲みに行こうか、でしょう、連れて行けって、社長が連れて行ってくれな、ダメでしょう

連れて行くのは、お前やないか、金 出すのは俺や

あ、そんなら、すぐ行きましょ、もう片付けますから

おいおい、今日は 無理やろ

そんなこんなで、いつしか社長とは 「飲み友達」に なっていたった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です