「ママ~、降ってきましたよ~、又天気予報外れた、濡れちゃったし」
そう、しっとりといい女に仕上がっているじゃない
S、ニッと笑い、「もうママは喜ばせ上手なんだから」
で、どうしたん?
「うん、ちょっと聞いてもらいたくて、まずはビール」
冷えたグラスにビールを注ぐ。
黄金水と溶け合わないアワの境目が好きだ。
混じり合わず、けんかもせず、近づきもせずお互いの邪魔をしない。
むしろ、何もしない事で互いの魅力を引き出している。
「ほら、ママ、又自分の世界に入っている」
ああ、ごめん、ごめん、で?
「今日、仕事帰り火事を見て」 思い出すように、いやSの時間はその場所に戻っている。 心は、その中の揺れ状態にいる。
あっ、○○さんの近所だわ、ひょっとして、と気になり現場へとバッテリー付自転車を急いで漕いで、、イヤな予感は的中した。 お得意先の○○さん宅だった。
S、訪問看護師である。 日頃から汚い部屋が気になっていたらしい。 80代の父親と50代の息子との二人暮らし。 父親の寝たばこが原因か。
もし、亡くなっていたら、と日頃の老人の日常が思い浮かぶ。 足の踏み場の無い散らかった部屋。何かあったら逃げ場がない。
もっと注意してあげればよかった。 後悔や何とも言えないザワザワ感が彼女を襲う。
ところで、日頃どういう看護をしてたん?
「血圧」・体温測って~~~」それで異常無しを確認して次の訪問先に向かう。
異常あるやん、大きな。 「大きな異常? ママ、分からない」
ちょっと考えてみよか、看護って、全体的な看護って何? その人が健康であるために気を配らなアカン事って何?
「、、、、」 ビールを飲む手が止まっている。
家の健康、部屋の健康、大切なん違う? 環境、不健康過ぎるやん、ゴミ部屋なんやろ、そんな中に居て身体に良いと思う? 空気も澱んでいるし、風通しも悪いし、悪い気が溜まっているやん。
「ハッ、そこまで考えていなかった」 慣れは怖い。感覚をマヒさせていく。
ホリスティック(全体的)な看護が必要やろ。 その人を看るという事は、その人の環境から看ていかなアカンのと違う?
ハッ、「確かにそうです。何もしていなかった」
これからは、やれる事全部やってあげたら、洗面器に水を入れておく、布団回り片付けておく、逃げ場になる足回り作っておいてあげる、とかさ。 やれる事一杯あると思うよ。
「そこまで気づかなった」
看護を通り越した看護
そういう所では必要なんと違う? 訪問では。
日頃から、出来る事、出来うる限りやっていたら、もし火災で亡くなっても、私はやれる限りやっていた、ってそこまで何かを引きずる事はないと思うよ。 分かっていたのに何もせーへんかったから、何となく罪悪感めいたもの、心が重くなったんと違うかなぁ。 病院で淡々とこなしていくんじゃないんやから。
S、真剣に聞き入っている。
貴女にしかできない看護
それ、何か書き出して次から行動に変えて行ったら良いと思うよ。
「ママ、確かに私、こなしてただけ、作業しに行ってただけ。 仕事じゃなかった」
じゃ、明日からやね
「うん」 そういってSは気の抜けたビール、美味しい!!と飲み干した。
雨、止んだようだ。
“彼” の気配は静かに消えていた。
それは大阪北浜・心理バー
で、どうしたん? 2022年5月27日