T社長の話・⑤

社長の工場行脚、先輩達が戻ってくる日まで来れる日は休日関係なく続いた。

「お腹空いたやろ」と、カステラやパン、コーヒーを届けてくれた。

他の工場や店から社員さんを派遣し、何とかこなそうと工夫もしてくれた。  しかし、追いつかない。

社長の焦り、遂に 「何としてでも辞めたパートさん達を呼び戻したい、乾クン連絡してくれないか」 

詳細は割愛するが、社長と先輩達 話し合いの場を持つ事になった。

戻った事がY氏に分かったら何されるか分からない、怖い・怖いと怯える先輩軍団に、大袈裟やろ、辞めた人間やないか、そんな事 普通やったらせーへんやろ、社長。

社長は ご存じないんです、あの人は普通やないんです。

分かった、俺が責任を持つ、みんなに絶対手出しさせへん!  社長の熱い想いが皆を動かせた。

辞めていった方達、全員戻って来てくれた。

さあ、そこからの巻き返し。  流石ベテラン、早い事、早い事!!

箱や商品の作り置きも常備されるまでになった。

社長の喜び。

皆も社長に対する見方が変わった。  ちゃんと話 聞いてくれはーるやん、と。

私も休みを取れるようになった。

さて、ケーキ屋と言えばクリスマス。   もう戦争である。  記する程でもない。

巷のケーキ屋さん・百貨店・スーパー等、特別仕様のケーキをはじめクリスマス仕様のお菓子、心血注がれた商品が並ぶ。

という事は、それに割く時間もどこかで作らなければならない。

午前組のパートさん達、一旦家に帰り家事をこなしてから夜再び出勤。 午後組の人達も残れるギリギリの時間まで。

真冬の夜、クーラーつけ扉を開け、床には水を撒いて、寒いのなんの。 それでも黙々と深夜まで。

家で、ご主人に言われるらしい。 パートで何で そこまでせなアカンねん、家と仕事とどっちが大事や、と。

2年目に入った私、社長に直接言える間柄になった。  これはほってはおけない。  直訴した。  「社長の気持ち、みんなに下さい」

時給 上げてるやないか、ケーキも割引にしてるやろ

あぁ、、社長。 そんな事やない。   言ってしもうた。

あのね、社長、いくら近所やゆうても一旦帰って家の事 全部してきてはーるんですよ。  ご主人に辞めてしまえって言われても来てくれてはーるんですよ。

社長やったら自分の奥さんに そんな事させはーりますか?

ほな、どうしたら ええんや

協力してくれてはーる人達に、社長からケーキあげて下さい、ショートケーキでもいいんです、ありがとうって言って。

ケーキ、重なるやないか

そういう問題やないんです。   気持ちなんです。  子供さん、まだ小さくて、夜お母さんに居てもらいたいって、それでも来てくれてはーるんです。  そういう人もいるんです。  だから、社長さんから ご褒美もらったよって、言えるじゃないですか。

よし、分かった。    社長、決断が速い。

即考・即決・即動。 納得したら、すぐ形にする。   会話も決してダラダラしていない。 必要最小限のやり取り。 接続詞の少ない事。

よし、分かった、で終了。  気持ちのいい会話だった。

どんなに厳しい状況でも、文句、陰口、その口から出る事はなかった。 ただ、心労で身体 相当悪くされていたと、辞めて暫くしてから仲間から教えてもらった。

その時が来た。

「はい、皆さん お疲れさまでした。 社長からです」 と職人さんのリーダーの方から、皆にクリスマスケーキ。 ショートではなくデコレーションケーキを。

パートさん達、歓声。

社長、男をあげた。

しかし、しかし、時間ない中、それを快く引き受けてくれた職人さん達の優しさあってこそ、実現出来た。  もう、頭を下げる事しか出来なかった。

この時、皆の気持ち、確かに1つだった。

翌日、小さい子供さんのいるパートさんから、「乾さん、ありがとう。 お母さん頑張ったから社長さん ご褒美くれはーってん、ってケーキ見せたら、お母さん、来年も社長さん助けてあげなあかんね、って子供、凄く喜んでくれてん、私、ちょっと誇らしかったわ」 と、お礼を言ってくれた。

皆、知っていたみたいだ。 私が社長を動かしたと。

私は、社長に もう1つ、お願い事をしていた。

それを実現するために、ケーキ作りで忙しい中、社長と出かけた。  社長が運転手に。

皆、興味津々。

この忙しいのに、社長とデートか?   怪しい、怪しい。

社長も嬉しそうに、「ほな、乾クン 行こか、ちょっと乾クン 借りるで」

こうして、公でありながらも、秘密に事を進めていった、みんな、喜んでくれたらいいなーって、強く思いながら。

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