4)Sへの応援歌・第一章

④   配偶者

2年半ほどの付き合いを経て24歳の時に結婚した。

7歳上の夫。 包容力を感じていた事・妊娠した事が結婚を決めた理由だと話した。

そして、「今なら結婚しなかった」 と。

夫婦カウンセリングをしていると、必ずと言っていいほど、よく聞く台詞である。

Sの「今なら」という想い、結婚後2年目位から感じ出した。

「包容力」と感じていたものは、ただの錯覚だった。

それは、”一人では何も出来ない頼りない女” と見下されていた悔しい現実に過ぎなかった、という事を味わう結果として現れて来た。

Sに突き付けられた厳しい答え。 情けなく歯がゆい想いが自身の中で沸き起こる。

しかし、それを跳ね返すだけの心の逞しさ・論理的説得力も持ち合わせていない。  この時点では、夫の方が弁が立つ。

夫は、Sを軽く見る事で自己の優越感を満足させていた。

社会経験のないまま親の工場に勤め、ある意味 自由で好き放題をしてきた。

戦って、何かを勝ち取った、そこから来る強い自信というものが彼にはない。 まあ、ラクをして生きて来たと言っても過言ではないだろう。

生活を共にする事で隠れていた夫の「何もしてこなかった」過去が、Sの目の前に現実として次々に姿を現してくる。

“不愉快”な その現象にSは買い物や酒で気を紛らわせていた。 しかし、一瞬の気晴らしになっても何も解決していない。

いつしか、体調を崩していく事となる。

パニック障害。  ある夏の暑い日、仕事の途中で突然発作に襲われた。  怖い、不安。

そんな時、TAC(当カウンセリングルーム)を知った。 すがる想いでTACの扉を開いた。

だんだん強くなる夫への不信感、嫌悪感。

別れたいと思いながらも生活力の無さが足を引っ張る。  そんな自分が、又情けない。

不安を感じながらも、やはり別れてやり直したい、その想いの方が強くなりだした頃、第2子を妊娠した。  自分に矛盾を感じながらも、授かった命、産むという自然な流れに従った。

長男誕生から8年経ての妊娠は、Sに色々考えさせる人生の問題集として与えられたものかもしれない。

Sが選んだ答え。  それに焦点を当てた誰のものでもない、S自身の為の授業になった。

しかし、”人生” とは、、、。

自由になろうと決めた時に、”待った” をかけられたり、逃げ続けて来たものが後々 ”化け物” にまで成長して自分に降りかかったり。

今、Sの夫は ”化け物” になってしまったものに苦しめられている。

夫は夫で、言いたい事一杯あるだろう。

私が記している事は、全てS側からの現実に過ぎない。

故に、何を好き勝手に言ってるんや、反論 多々あるだろう。

しかし、その言いたい事を差し引いても、夫の言動で私を不快にさせ、このままじゃ Sが、そして家庭が壊れていく、そう感じさせたものがある。

彼女が、この家庭のキーパーソンになって行くのは目に見えている。

その為にも、キーパーソンになるだけの 「心」 を作り上げていかなければならない。

人生に甘えることなく、どんな事でも多角的に考え、深く掘り下げた上で答えを出せるように。 自身の出した答えに揺らぐことなく行動していけるように。

ただ、泣くだけで待つしか方法の無い人生など決して送ってもらいたくない。

その方法の1つとして、心理学が役に立つなら、何の能力もない私ではあるが、私の持ちうる限りのものを提供したい、強く思った。

私を、そういう想いに駆り立てた夫の言動。

「あのオバハン、忘れんと ちゃんとマヨネーズ買ってくるやろな」

長男が、Sが買い物から戻った時に笑いながら伝えに来た。

「お父さん、そう言ってたで」

5)sへの応援歌・第一章  

⑤   黒猫・来たる

2016年夏、暑い盛り、1匹の野良猫が四国で子猫を産んだ。  その中の1匹、黒いオス子猫が海を越えてSの家にやって来た。

私の記憶によると、当時のS、夫への不信感・何かというと反抗してくる長男 (塾さぼる、嫌な事は避け母であるSに尻拭いさせる、嘘をつく、ちょっとした非行等) 

父と何かと喧嘩し、イライラをまだ3歳の弟にちょっかい出す事で憂さを晴らしていた。弟は訳が分からず、泣きわめく。

加えて、家計も自転車操業状態。  月末の各支払いに対し、夫の給料は月明けてから10日までのいずれかに支払い。  月末の赤字をSの分で補ったり、借金をする、それの繰り返しで月末になると心労で気が重くしんどい、焦りが出る。

それを夫に伝えても、足らないはずがない、何でそんな事になるんやと、一方的に責められる。

家計簿、どうなってるの?

聞くと、「数字が苦手で続かない、家計簿つけるの面倒で面白くないんです。」

あらあら、キミ、それはアカンやろ。  なら、簿記 やってみる?

「難しくないですか?」   

大丈夫、Sちゃんには簿記の方が合っているよ。  心理学教室が簡易簿記教室に。

振替伝票からちょっとした貸借対照表作成まで。

学ぶ事の好きなS、やはり食いつきが違う。  知らない言葉を知り、楽しくなってくる。  そして、何が無駄かを検証していった。  ん?  なんか、保険払い過ぎ?

しかし、私は保険の事は分からない。

無駄を省くためにプロの力を借りる事にした。  保険会社勤務の小松さん。

仕事に対する姿勢が真摯であり、お客様は当然の事、家庭も大事にされている。  この方になら生徒さん任せても大丈夫だと お願いする事にした。

快く引き受けて下さり、最近Sから聞いたところによると、Sの次なる目標のために保険解約した時も、嫌な顔一つせず、応援の言葉もかけてくれたと。

また、語彙力検定も勧めてみた。   知らない言葉を知っていく、使い方が分かる、言葉が豊かになる心地よさ、知ってもらいたい。

何より、勉強している母の背中を長男に見てもらいたい。  S、早速 問題集を手に入れ勉強を始めた。   12月、4級合格!!  長男、「何点?」  「96点」 「なんや、100点 違うんか」

Sちゃん、いいよ、1級とるまで受け続けたらいいだけやから。

と言っていたら、語彙力検定 終わってしまった。 何級まで受かったのか、SはTACの行き帰りの電車で ずっと勉強していた。 そうして時間を工面していた。

因みに語彙力検定で、円安・ドル高の問題があり、それが分からないと、授業の前にちょっと聞いていいですか?   今度は経済?    加えて書かせてもらうと、その後論文の書き方も、かなり時間を割いた。

ここ、心理学教室やよね?  と笑いながら。

多少、気は紛れ、ラクになっても家庭は何も変わらない。

ギスギス・イライラ、気が休まらない。

そんな時、知人から 「誰か猫 飼ってくれる人いない?」   

よっしゃ!!   猫や!!  猫の力、借りよ。

Sちゃん、猫 飼おう。   反対されても、押し通しや、私は何が何でも猫が欲しいって。    夫は大反対。 長男、訳分からず、なんか言い出した位に受け取っていたんだろう。

Sちゃん、よく聞いてな、ここ 一番大事、長男に 猫の名前つけてもらって。  そこは夫がつけるって言っても、必ず、長男につけてもらって。

そして、長男がつけた名前に、一切 文句言わないように。  もっと他にあるやろって思っても、そこは何も言わんと、その名前にしてあげて。

で、冒頭に記したように、子猫 Sの家にやって来た。

子猫の力は凄い。   反対していた夫、可愛がる、可愛がる。  生きたぬいぐるみの魔力に皆 虜になってしまった。  バラバラな家族の気持ちを、その小さな命に集中させる。

“ただ、居る   そこに命している”  それだけで張り詰めた空気を丸くしてくれる。

か細く、弱々しかった黒い子猫、大切にされ過ぎ、メタボ気味で、今やお腹を揺らして歩いているらしい。   しかし、魔力は衰えず、太猫になっても皆の気を抜いてくれている。  立派な家族、末っ子として存在している。

Sも、トラッキー (長男がつけた名) いてくれて救われます、気が晴れますと。

猫も凄いが、何とかしたい一心で 行動にすぐに移してきたS、貴女が凄いんだよ、記しながら改めて感じている。

6)Sへの応援歌・第一章

⑥  これから

今年も暑い夏が始まろうとしている。 

Sの仕事は訪問看護。 自転車漕いで日々体力仕事。

2年ほど前、「しんどいから」 とバッテリーを自転車に取り付けた。 

「ラクです〜」

文明の発達は喜びをもたらせてくれる。  発達し過ぎて情緒が追い付いていない感じ゛も今の世の中、しないでもないが。

Sの ”やる気”  ”その気” は 次なる目標に向かっている。

正看護師・取得。   准看護師であるが故出来る仕事であっても、正看護師しか手を出せないものもある。

「いつかは取りたい」と思いながらも、結婚・子育てに時間を奪われ いつしか遠い夢になっていた。

まだまだ母にベッタリの次男(小2)ではあるが、それでも少し時間が取れだし、眠っていた夢が目を覚ました。   ”正看護師、取りたい!!”

仕事を続けながらの学び、通信教育を選んだ。

試験は小論文。

文章苦手、何をどう書いたらいいという整理能力、どこかに置いてきたままのS。

置いて来たものは取りに行かないといけない。

取るって決めたんやから、合格するまで受けよな。   「はい」

先輩の友人に聞き、問題集を買い、準備開始。

でも、 そもそも論文って何?    そこから調べ出した。

そこは文明のありがたさ、ネットですぐ調べた。 24時間開いている図書館、深夜でも気兼ねなく調べられる。   昭和では考えられなかった。

ふーん、この人の文章 分かりやすいなぁ。 Sちゃん分かりやすいの、あった?

塾も算数を論文に変え、国語の先生、教えてくれた。

記念すべき、第1回目の受験。

答えは、「まだ早いよな」 論文からの返事。  「おいで」 と手を差し伸べてくれなかった。

そうか、そしたらまた1年、ゆっくり勉強しよか、傾向掴んで受かるまでうけたらいいやん。

論文、再度取り組む。

訴えたい事は何?  もっと具体的に書こうか。  ガツンと強いもの欲しいよな、読んだ後に印象に残るような等々、何度論文書いただろう。

二度目の挑戦。  

“よう頑張ったな” 論文、微笑んでくれた。   晴れて女学生。

その学びも2年目になった。

「看護計画、苦手なんです」   どんなん?  問題見せてもらう。

ふーん、これなぁ。  あんな、見方変えるねん、Aさん自身になってみるねん。  今のAさんの状態、絵にかいてみて。 そして、骨折するまで。 退院してからAさん、何したいか、何がAさんにとっての楽しみなのか想像してみて。

そしたら見えてくるやろ、Aさんに必要なもの。   じゃあ、どうしてあげたらいい?

で、何か疑問感じへんかった?   大腿骨骨折やのに、何で肺炎 起こすの?

S、答えられない。

というより、こういう考え方、した事がなかった。  だから疑問に行きつかない。

考えるって、こういう事もやと思うで。

S、今までに体験してこなかった物の見方に触れ、楽しくなったのか、前のめりになって、思いつく限りの意見を言葉に出してきた。

心地良い疲れを伴って、授業終了。

「早く家に帰って、問題解きたいです」

Sの”やる気” ”その気” に反比例して、配偶者の心が崩れだした。

今までほったらかしにして来た問題が、巨大化して自身に襲いかかって来る。

何をどうしたらよいか分からない。

そうなると、「死んだ方がラク」その想い、大きくなってくる。

まあ、人の自然な流れか。

それはSが10年前 辿って来た道。

夫の苦しみがよく分かる。

「今 主人見てたら10年前の私なんです。 しんどいやろうなぁって思います。 だけど、腹も立つんです」

せやな、ご主人のこれからはSちゃんにかかって来るんやろうなぁ。

ご主人、いい嫁持ったなぁ、幸せ者やで。

まぁ、それも ゆっくりやっていこうか。

Sの第2章、今から始まるのだから。

                        

T社長の話 ①

時を遡る事、30年と少々。
心理カウンセラーになりたいと、ある専門学校に通うことにした。

父亡き後、姉や親戚、助けてくれる人達と家業を何とか整理し、「自分のこれから」を考えた時、何もなかった。

これから どうしよう
どうして生きていこう

何も見えないままの日々。
焦りだけが、私を飲み込もうとしていた。
どれ位、その時間が続いただろう。

ある日、新聞の三行広告に ”心理カウンセラー、受講生募集” の文字を見つけた。
新聞ぐらいしか情報の無かった頃、すぐに電話した。

「心」に興味があった。

中学時代、担任が目の前で催眠を見せてくれた。
被験者は、体重40㌔そこそこの、か細い華奢な女子。
頭に置いた手が離れない。
力のある男子が、その手を引っ張ろうとしても離れない。
どころか、女子の身体が持ち上げられてしまう。

折れそうな位 細いその手のどこにそんな力があるのか。
もう、びっくりである。
その時の衝撃、今尚鮮明に焼き付いている。

思春期で感性豊か、いや未熟だったからかもしれないが、あの驚きを超すほどのもの、思い出す限り まだ出会えていない。 多分。

これは一体 何なんだろう
何故、こんな事が出来るんだろう

担任は言っていた。
「頭が良くなりたい者は俺の所に来い。 催眠で良くしてやる。」

行っておけば良かった。
催眠、かけてもらえば良かった。

好奇心の塊のクセに怖がりである。
「何となくの不気味さ」と、恐怖心に負けた。
あぁ、勿体ない、、、。

三行広告を見た時、瞬時にその時の記憶が蘇った。
過去が、今の自分に取り付いた。

電話で確認する。
「私、大学出ていないんですが、それでも受講出来ますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
詳しく内容を聞き、申し込む。

勉強に打ち込みたい。
その為には就職という形より、パートの方が融通が利くだろう。
早速、新聞のチラシ、何枚もの求人広告隅から隅まで、目を通す。

その中に1つに目が釘付けになった。
「よし、ここだ!  ここにしよう!!」

地元にケーキ工場があるなんて知らなかった。
洋菓子 大好きな私。
ケーキの香りに包まれて仕事出来るなんて、なんて幸せ。

早速 電話。
面接の日を教えてもらい、当日 ドキドキとワクワクを携え面接に向かった。

T社長の話 ②

どんな事を聞かれたのか、誰が面接官だったのか、今では すっかり忘れてしまっている。
覚えていない程度の ありふれた面接だったのだろう、生意気な事を申すようだが。

これは余談だが、ケーキ工場を辞する1年位前から、パートながら私が面接官になっていた。

後日、採用の電話をもらう。
今、思う。
若さって それだけで値打ちがあるんだなぁ、と。
「若い」、というだけで高齢者より採用される率が高い。
その「時間という宝」 悲しいかな その時点で気づく事はあまりない。

気づかないって、勿体ない、可能性を狭めているんじゃないかなぁ。

ケーキ工場にて、初日、打ちひしがれた。
ケーキの種類の多さ、名前横文字ばかり。

先輩達の早業、あっという間に包装が完成する。

あー、ダメ 出来ない。
焦れば焦るほど、ケーキが崩れていく。
セロハン巻けない、カップに載せれない。 落とす。

「大丈夫、大丈夫、慣れよ、慣れ」 先輩達、笑って慰めてくれる。
こんなに難しかったんや。
自分の不器用さに腹が立つ。

午後、クッキー詰め、結婚式の引き出物の包装、箱折り等、こなす事が次から次へと待ってる。

バブル真っ盛りの頃、飛ぶように商品が売れていく。

「あー、疲れた、ちょっと休憩しよ」
潰れた生シュークリーム、分けてもらえる。
生クリームに目がない私。
その瞬間だけ落ち込みからの解放。

嬉しかったなぁ。

職人さん、10人強。
パートさん、20人ぐらいだったと記憶している。

ケーキ作っている人って、皆 品があるな、緊張の中でそれを感じたりもしていた。

職人さん・パートさん、言葉遣いが丁寧で雰囲気が柔らかい。
時間に追われているにも関わらず、声を荒げる事もなく、黙々と目の前の仕事をこなしていく。

甘い時間を届ける人達って、皆こうなのかしら。
ただ、一人を除いては、、、。
唯一、パートさんから恐れられている女性がいた。
役職をもらっている女性で、工場を任されており全てを仕切っていた。

もちろん、初日にそんな事分かるはずもなく、全員の名前と顔が一致した頃、皆 その女性、Yさんの顔色を窺っている事に気づいた。
Yさんの言う事に一切逆らわず、言葉を選び、Yさんの気分が悪くならないよう神経を尖らせていた。

社員だから気を使っている、という感じではない。
何故、こんなに恐れられるのだろう。
その恐れは、その後、皆を1つにまとめパート一揆を起こす事になる。
先輩達が全員辞めてしまった。

今、振り返っても すごい時間遣ったなぁ、と思う。

「なんやのん、この会社、こんなに なるまで放っておいた社長の責任じゃないですか」

事の大事さに気づいた社長、顔色を変えて工場にやって来た。
「乾君、何があったんや、詳しく話を聞かせてくれないか」

と、言った社長に発した言葉である。

それが きっかけで社長との距離がグッと近くになった。
“同志”  その単語がピッタリの時間を過ごしていく事となった。