1) Sへの応援歌・第一章

 これから記する事は、Sと私の10年に及ぶ「心の軌跡」である。

物語はまだ完成していない。

しかし、これまでの流れを世に出す事で、「今 人生に迷っている、答えが出ずに苦しんでいる」 そんな方達の轍になってもらえれば幸いである。

それが例え細いものであっても、、、。

また、公表する事を受け入れてくれた彼女、Sさんの勇気に謝意を表する。

①  出会い

今から10年前、2010年7月の暑い日だった。

チャイムが鳴りドアを開けると不安そうに立っているSがいた。

「こんにちは。 どうぞ」 カウンセリング希望。

勤務中(訪問看護)に、動悸・顔のほてり・過呼吸・不安に襲われ、それから夜中にパニック発作を起こすようになった。

か細い声、途切れ途切れな話。

人に対する恐怖、威圧的な人が苦手、加えて口下手、故に怖さを感じる人の前では物事を伝えるのに絶えず緊張・萎縮し疲れ切ってしまう。

家族構成・・・夫と長男(5歳)

発作は死の恐怖を伴う。 呼吸が苦しくなり、息が出来ない。 死んでしまうんじゃないか、と。

夫にも言わず、言えず、病院にも行かず、恐怖の中、何とかしたいと辿り着いたのがTACカウンセリングルームであった。

病院を選ばなかったのは、薬に頼りたくないとの想いからだった。

TACに来るまで、何度 発作を起こしたのか、きっとSにとっては長く苦しい時間だったに違いない。 しんどかっただろうな。

今、Sは当時を振り返り「ワラにもすがる想いでTACに来た」と語っている。

職場においては人間関係

自身の身体はパニック発作

夫婦関係、夫に対する色々な思い、不信感 

子育て・家事・それらを一人で背負っている。  

沈んだ肩にその重み、痛みを乗せている。  まるで怯えている雛鳥のようだった。

話す事は放す事。

少しラクになったのか、心理学に興味のあったS。  以降は授業を受けながら並行して自身の問題も見つめていくという自由な形でカウンセリングを続ける事なった。

こんな時、小さい教室は自由で融通が利く。 そして、私が雇われ講師だったら、このような特別カリキュラムは許されなかっただろう。

こんな事位でラクになってもらえるなら、大いに甘えてもらいたい。

カウンセリングが終わり、見送る彼女の肩は もう下がっていなかった。

しかし、Sは この後から来る辛さ、どうしようもないしんどさ、先が見えなくなるほどの怖さ・不安を伴った数々の現象がSを襲う事を知る由もなかった。 この時点では。

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